2016年10月11日火曜日

メイカーフレンドリー

テレキャタスタのシールドを挿すところからだんだんとガリが出るようになってきた。買ったばかりだと出ることはほとんど無い。そのため「ほんとに出るんかいな?」と懐疑的になっていた。しかし、万の先人が言っていることは、だいたい当たっている。ご多分に漏れず、自分の番が回ってきたようだ。

エレキギターは分解ができる楽器である。プレイヤーがいろいろといじれるようになっている楽器である。メイカーとプレイヤーが非常に仲良し、というかメイカーとプレイヤーがほぼ同義な楽器である。考えてみれば、毎回チューニングを合わせなくてはいけない。その場で整備できるものだけが演奏を許されるという代物である。ああ何て1950年代臭!

おそるおそるジャックの部分を外すと、結構なホコリがホロホロと出てきた。ワタ埃と中の木屑の残りのような感じである。この埃が中のジャックの金具に固着してしまっていたようなので、さっそく拭き取っておいた。いまのところは快適である。

アコースティックギターも中にけっこうホコリが溜まるとか言われているから、粘着テープを丸めたものをギターボディの中に入れて転がしてみるかなとか思った。

この辺のうまい清掃のやり方は、いちむらまさき師匠の新刊『ギターの取説』に詳しい。



原材料がウッドである楽器は、本来は数年ごとに、やらなくちゃいけない調整とかいろいろあるんだろうなと思ってしまった。

しかし、エレキギターは手入れをしていった時間や量も、個体差となって積み重なっていく。個体差は「テイスト」などと言われるが、だんだんテイストが形成される趣味としてはなかなかなものだと思う。

「テイスト」は最初からヴィンテージ仕様の高価なギターで手に入れられるかもしれないけど、それは実はギターを作った人が思ったテイストであって、そのギターを手に取る人が考えているテイストとは少しずれているかもしれない。その辺が微妙なところだ。だからこそ、プレイヤ自身がこんなテイストがいいかな試行錯誤して、日々の調整を数年、時間にして数万時間かけて行われたギターのほうが尊いな、なんて久しぶりに侘び寂びを考えました。