2016年1月4日月曜日

効果的な映画音楽の使い方

日本の映画の音楽の使い方は、場面を説明するために使われることが多い。悲しいシーンで、いわゆる悲しい音楽がどこからともなく流れる。観客の感情のスイッチの入り方をスムースにすることが求められる。

しかし、洋画の場合は、すこし考え方が違うと考える。

最近の洋画で流れる音楽は、登場人物の頭の中で鳴っている音楽なのだ。

何人もの登場人物がそれぞれの思いを抱いて群像劇を描いているときに、うまい作品は喜怒哀楽のどれも均等に扱う。ある人は悲しいけれど、またある人は笑ったりしている。そのときに監督が最も注目させたい人物の「頭の中のヘビーローテーション」を流しているように思う。

ある人の行動が空回りして周囲が破滅的な状況になっていく映画のときに、主人公はのめり込んで自分の正義を確信しているのをノリノリな音楽で説明しながら、だんだんとうんざりしていく周りの友達を映像で表現する。

悲しい音楽を流しながら、失恋した主人公の周りで喜劇が起きたりするのを淡々と映像やセリフで表現する。

というような、ストーリーに二重三重の意味を持たせながら、誰が主人公なのかを忘れさせないものとして、音楽が使われている気がする。